起業するということ⑪
/仕事
そして順調に信用力を深め、取引先も広まってきた
ころに、突然世の中がコロナ渦一色となっていった。
相手との対面営業を主として、信用で売ってきた
私にとっては致命的な一撃となった。
役所や設計事務所へ行っても面会できない、それど
ころか、玄関に入ることすらできない状況だった。
当然、売り上げは最低となり、このまま利益が出て
いるうちに、事業をやめてしまおうか、と思うこと
もあった。その一方で「こんなに楽しくて面白い
こと、辞められるわけがない。」とも思っていた。
これは本能的なもので、自分がいかに起業家として
事業を広めていくことに夢中になっていたか、それ
が生きる喜びであったかを、コロナ渦のなかで、
改めて、気づかされたのだった。
そして私は次の行動に出たのだった。⑫に続く
起業するということ⑩
/仕事
国の認定を取得し、重要案件で実績を作り、県の
研究会の委員になった段階で、注目度が一気に
アップした。役所や設計事務所に営業に行って
も、今までとは先方の聞き方が変わってきた。
県の自然公園整備工事等で、マーベルウッド
での設計仕様が次々と実施設計書に記載され
ていった。当時、まだ一人で営業から材料手配
製造管理、出荷、施工管理、証明書、納品書
請求書の発行、会計処理、すべてを行っていた。
早朝2時に岐阜の現場へ材料を搬入し、そのまま
東京へ2トン車で移動し、東京の設計事務所へ
営業活動し、寝不足のまま、ふらふらになって
福井まで運転して帰ったこともあった。
ひとりで、である。しかし、ぜんぜん大変で
なかったし、辛いなどと1度も思わなかった。
世の中に必要とされている幸福感のほうが
強かった。オザワという一人の人間を信用し
ていただき、仕事を発注してもらい、天然木材、
地域の木材、県産材の利用拡大に貢献出来て
いるという喜びは、何物にも代えられないもの
だった。この高揚感のために、自分は起業した
のだと実感できた。 ⑪につづく